【体験談】不登校・ひきこもりを通して気づいた、“後悔より大切なこと”
私は中学2年生の終わりごろから「不登校」となり、数年間のひきこもりを経て、大学・大学院を卒業した経歴を持っています。
不登校やひきこもりだった当時は「このままで大丈夫だろうか」「あとで後悔するのでは?」と不安でいっぱいでした。
でも今振り返ると、あの時間があったからこそ、“自分らしさ”や“生き方のヒント”をたくさん見つけられたように感じます。
本記事では「不登校・ひきこもりを経験して良かった」と思うことを実体験をもとに5つお話します。
記事の後半では「不登校・ひきこもりを後悔しなかった理由」についても綴っています。
この記事によって、同じように悩んでいる方の心が少しでも軽くなれば幸いです。
不登校・ひきこもりを経験して良かったこと

まずは「不登校・ひきこもりを経験して良かった」と感じたことを5つ紹介します。
心の痛みを知り、人に優しくなれた
不登校やひきこもりを経験してから、周りの人に対してより優しく接せられるようになった気がします。
数々の苦しい体験から「心の痛み」を知り、思いやりや寄り添いの気持ちを強く持てるようになったのかなと思います。
年齢が若いうちの挫折経験は、大人になってから体験する挫折の何倍もしんどくて辛いものだと思います。
けれどその体験は、いつか必ず、未来の自分をやさしく包む「光」になるはずです。
そしていつの日か、その光で同じ悩みを持つ誰かを救えたら……ものすごく素敵なことだと思いませんか。

今の私がおこなっているブログでの発信活動や講演活動なども、その一環だと思っています。
一人で生きることに抵抗がなくなった
不登校やひきこもりを経験してから「一人で生きること」に抵抗がなくなりました。
もともと単独行動が好きで、一人で過ごすことが多い子どもでしたが、学校に通っていると嫌でも集団生活を強いられてしまいます。
そのため、一人でいることに抵抗や孤独を感じたり、周りの視線を気にして無理をしたりすることも少なくありませんでした。
しかし、不登校やひきこもりを経験してからは、
- 無理に誰かとつるまなくても生きていける
- 一人でも大丈夫だし、案外何とかなる
ということを身をもって知り、随分と気持ちが楽になりました。
一人で過ごすことで心身を守れるのなら、自分の殻に閉じこもるのも悪くないと思います。

個人的には「友達が多い方がいい・少ないのはダメ」みたいな価値観は、ちょっと時代遅れなのではないかと思っています。
自分に一番ふさわしい「ツール」を見つけられた
私は、文章を書くことが好きです。
当ブログやSNSの記事作成はもちろんですが、プライベートの方でも、毎月2万字前後の文章を書いています。

“人生の気づきメモ”みたいな感じで、その時の考えや思いを淡々とスマホに書き留めています。
「文章を書く」という表現ツールに出会ったのは、不登校・ひきこもり時代の通院経験がきっかけです。
その時の担当医が「思いや考えを文章にすると、自分を俯瞰できておすすめだよ」と教えてくれ、実際に試したのが始まりでした。

早速ルーズリーフを用意し、思うがままに文章を記してみたら、すごく楽しくてワクワクしました。
「楽しい!」という感情を心から味わえたのは、不登校やひきこもりになって以来初めての経験だったように思います。
文章を書くことにより、心のモヤモヤを少しずつ言語化できるようになったのも嬉しい体験でした。

「ひきこもっている間、家で何してたの?」とよく聞かれますが、私がやっていたことは主にこれです。
この時に書いていたルーズリーフの記録は、これからブログやSNSに投稿していく予定です。
今の私が「文章を書く」という行為をライフワークにできてきているのは、不登校・ひきこもりの経験があるからです。
もし普通に学校に行っていたら、文章を書くことの楽しさに気づくことはなかったと思います。

人生の恩師と出会えた
私は、不登校やひきこもりを経験した影響で、同級生とは2年遅れて大学に進学しています。
けれどそのおかげで、ストレートで進学していたら出会えなかった仲間や先生方にたくさん出会うことができました。
その中でも特にお世話になった2名の先生方は、
- 病気による入院・療養での休職
- 海外での長期研修
などの事情により、しばらくの間大学から離れられていて、私の大学生活(通学課程)が始まるタイミングで戻って来られた経緯があります。
つまり、もしも私がストレートで大学進学していたら、2名の先生方と交流する機会がないまま卒業していた可能性が高いです。
私の大学進学が遅れたのは、2名の先生方に出会い、人生の学びを深めるためだったのかかもしれません。

この2名の先生方は、私にとって「人生の恩師」のような方たちで、何度も助けていただきました。
いろいろな生き方があることを知れた
「人生にはいろんな生き方や進路がある」と知れたことは、不登校・ひきこもり経験における一番の財産かもしれません。
- 中学を卒業したら高校に行って、高校を卒業したら大学に行って、大学を卒業したら企業に就職する
ごくふつうに生きていると、上記のような進路・生き方を辿ることが当たり前だと錯覚してしまいます。
しかし本当は「当たり前の進路」なんてなくて、人の数だけいろんな物語があります。
極論を言えば、毎日を笑顔で幸せに生きられるならば、どんな進路を選んでも良いのです。
そのことを身をもって学び、“人生の視野”を広げられたことは、不登校・ひきこもりを経験したおかげだと思います。

「唯一無二の人生を楽しめる心の余裕」が持てたら良いですよね。
「人生を自分で切り開く力」が自然と身についていた
前の項目で「いろんな生き方があることを知れた」と書きましたが、私の「起業体験」もそのひとつです。

私は現在「個人事業主」として当ブログや関連SNSの運営、講演講師などをおこなっています。
一般的に考えて「自分で事業を立ち上げる」という生き方は、とても勇気がいることだと思います。
周りに反対されるリスクも高いですし、準備も大変なので、やりたい気持ちがあっても実際に行動に移すことは難しいです。
しかし私は、事業を立ち上げることに一寸の迷いもなかったですし、起業準備もすべて一人でおこないました。
その行動力の裏には、やはり、不登校・ひきこもりの経験が強く影響していると感じます。

私はこれまで、周りがあまり選ばないような、そして誰も想像すらしたことがないような生き方や進路を歩み続けてきました。
- 中学2年の2月から不登校
- 全日制高校へ進学⇒退学
- 通信制高校へ進学⇒退学
- 高卒認定で短大へ進学⇒退学
- 通信課程の大学へ進学⇒同大学の通学課程へ転籍・転部
- 大学院進学⇒うつ病による休学⇒27歳で卒業・修了
このような“異色”とも言える経験が多数あるからこそ「人とは違うマイノリティの道」を歩むこと大きな抵抗を感じず、行動に移せたのだと思います。
そのような「自分で人生を切り拓く力」は、私にとって人生の宝物ですし、これからもきっと、たくさん助けてもらうことになるだろうなと思います。

いろんな方に「大変じゃない?」と言われますが、私的には「これまで散々“茨の道”を歩んできたのに何を今更……」って感じです(笑)
不登校・ひきこもり体験を“後悔していない”理由

意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、自身の不登校・ひきこもり体験を後悔したことがありません。
この章では「不登校・ひきこもりを後悔していない理由」について、私なりに分析した考えを述べたいと思います。
「失ったもの」より「得たもの」の方が多かった
不登校・ひきこもりを経験して「失ったもの」は、いろいろあります。
- 大人になった今でも、学校に関するエピソードを話せない
- 中高時代の友だちがほとんどおらず、同窓会に一生呼ばれることがない
- 恋愛や友情を楽しむ“青春時代”を味わうことができなかった

たとえば「修学旅行どこだった?」みたいな、大体の人が話せるエピソードにまったく対応できず、疎外感を抱くことが多々あります……。
でも私は、それ以上に、不登校・ひきこもりを経験して「得たもの」の方が多かったと感じています。
- 人生の真理や生き方について、深く考えを巡らすことができた
- 人の痛み・苦しみに寄り添う心を持てるようになった
- 「文章を書く」という、自分に一番ふさわしい表現ツールに巡り会えた
- 人生の恩師に巡り会えた
「失うものもあれば得るものもある」ということは、不登校やひきこもりに限った話ではありません。
どんな進路を歩んでも、どんな生き方を選んでも、得るもの・失うものは必ず出てきます。
つまり「学校に行っていたら失うものはない(=不登校だと失うものが多い)」という方程式は通用しないのです。
そのことに気づき、受け入れることが、不登校やひきこもりを前向きに捉える第一歩なのではないかと感じます。

体験そのものが「ライフワーク」の一部になっている
不登校やひきこもりの経験は、言葉にならないほど苦しくて、辛くて、しんどいものでした。
しかし、その経験を通じていろんなことに気づき、学べたからこそ、今の私はこうしてブログ運営や講演活動(=ライフワーク)に励むことができています。

しかも、ほかの方とは違う異色な経歴を持っているからこそ、私にしか語れない経験談もたくさん伝えることができます。
そのため現在は、自身の不登校やひきこもり体験について、以下のように考えています。
- 私のライフワークを見つけるために、そして同じ悩みを持つ方々に光を届けるために必要な経験だった
私たちの人生において、無駄な経験・出来事はひとつもないと思います。
必ずどこかのタイミングで「あの時のしんどい経験が、今の自分を作っているんだな」と振り返れる時が来ます。
少し時間がかかるかもしれませんが、いつか来るその時を信じて、希望を捨てずに歩んでいきましょう!

「不登校やひきこもり体験=私のアイデンティティ」だと思えるようになった
ここまで書いてきたとおり、私は今まで、不登校・ひきこもり体験を後悔したことがありません。
しかし、これらの体験を前向きに捉えられるまでには、かなりの時間がかかりました。
- 不登校やひきこもり経験があることを知って、みんなが離れて行ったらどうしよう?
- 色眼鏡で見られて、“本当の私”を愛してもらうことができないのでは?
周囲の目を気にするあまり、不登校・ひきこもりの経験があることに大きなコンプレックスを抱いていたのです。

特に私は、2年のハンデや複数の退学歴があるため、余計にコンプレックスでした。
けれど、ある時、私の経歴を知った大学の先生がこう言ってくれました。

△先生(学部のボスみたいな先生です)見てごらんよ。
大学と大学院に16年在籍してたことが武勇伝というか、アイデンティティみたくなってるじゃん(笑)
この先生の言葉は、良い意味ですごく衝撃的でした。
一見すると、△先生の経験は“コンプレックス”と捉えられるようにも思えます。
けれど△先生は、その経験を自分の一部として受け入れ、糧にして、研究や授業に生かしているように見えました。
今振り返ると、△先生自身がその経験を否定せず、肯定的に捉えていたからこそ、“先生のアイデンティティ(武勇伝)”として開花したのだと思います。

この先生の言葉がきっかけで、私は、自身の不登校・ひきこもり経験をコンプレックスに思うことがなくなりました。
現在は、△先生と同じように、自身の経験を肯定し、“アイデンティティ”として受け入れながら、ブログ運営や講演活動に励んでいます。
- 不登校・ひきこもりから、三度の退学とうつ病を経て大学院修了
自分で言うのも何ですが、このようなインパクトの強い経歴を持つ人間はなかなかいないと思います(笑)
これからも「他人とは違う唯一無二の経歴」を持つ私だからこそ伝えられることを、たくさん発信していきたいです。

周りの人がネガティブな意味づけをしても、自分自身がポジティブに捉えられていれば、それで万事OKです!
まとめ|不登校・ひきこもり体験は、自分を強くしてくれる

本記事では、不登校・ひきこもりを経験して良かったこと、その経験を後悔しなかった理由についてまとめました。
「学校に行けない」「家から出ることができない」という時間は、決して無駄なものではありません。
ゆっくりでも大丈夫。止まっている時間も、ちゃんと未来へとつながっています。
その経験は“自分らしさ”を育てる土台となり、あなたを導く「希望の栞(しおり)」になるでしょう。


