「心を置き去りにしないでほしかった」ー不登校経験者が語る|学校教師の辛かった対応12選
私は中学・高校時代、不登校を経験しました。
多くの先生がいろいろなことを模索しながら、私のためを思って対応してくださったのは事実だと思います。
しかし、私の心に残っているのは、
- 私の気持ちをわかってもらえなかった
- 大人が信じられなくなった
という、つらくて悲しい記憶ばかりです。
そこで本記事では、中学・高校で不登校を経験した私が、学校教師からの対応で「つらかった」と感じたことについて、12の事例をまとめました。
本記事が、不登校の子どもとの関わり方を見つめ直すきっかけのひとつになれば幸いです。
- 不登校の子どもとの関わり方に悩んでいる
- 不登校の子どもの気持ちがわからない
- 不登校の子どもが求めている対応を知りたい
「再登校」を強要しないでほしかった

この章では、登校催促や教室への連行など「再登校」に焦点を当てた対応をまとめました。
再登校だけが進路ではないこと、そして「子どもの心を守ることが最優先」だということを理解してほしかったです。
「新学期から頑張ろうね」と言われる
私は中学2年の3学期に不登校になったのですが、春休みが近づくと、学年主任とカウンセラーの先生にこう言われることが増えました。
- 「もう教室に戻っても大丈夫だと思う」
- 「4月から新しい気持ちで頑張りなさい!」
- 「とりあえず始業式には行きなさい!」
おそらく、2名の先生は、少し休めば教室に戻れると予想していたのだと思います。
しかし私は、まだ教室に復帰できるようなコンディションではなかったため、これらの言葉がすごくプレッシャーでした

体調が回復していないにもかかわらず「頑張ること」を強制された気がして、とても苦しかったです。
「キリの良い新学期から再登校させたい」と思う気持ちは、わからなくありません。
クラスメイトや担任の先生など、新学期は環境ががらっと変わるので、
- 「もしかしたら、周りの環境が変われば教室に馴染めるかもしれない」
と考えたくなるのは、とても自然なことだと思います。
しかし、教室に戻るかどうかは子どもが決めることですし、戻れる気力があるかどうかも本人にしかわかりません。
「新学期」という節目よりも、本人の意志や体調を尊重してほしかったです。

登校を催促される
不登校対応の定番(?)とも言える「登校催促」は、中学でも高校でも経験しました。
- 「この日は来よう」「それが無理ならこの日」と担任から毎日電話がかかってくる
- 「こんなに長期間休んだならもう教室に戻れるんじゃない?」と言われる
- 行事の練習に無理やり参加させられ、一度断っても当日までしつこく誘われる
登校催促で一番つらかったのは「行きたくない学校に呼び出されたこと」ではありません。
私の気持ちを理解しようとしないまま「学校に来てほしい」という教師の思いだけを一方的に押し付けられたことです。

「学校に来ない?」と言われて元気になったり、ポジティブな気持ちになったりする不登校の子どもは、ほとんどいないように思います。

今までいろんな書籍や論文を読みましたが、そのような記述は見たことがないです。
不登校の子どもは、何も考えずに学校を休んでいるわけではありません。
- 行かなければいけないことはわかっているけれど、どうしても体が動かない
そんな葛藤と闘いながら日々を過ごしている子どもも、決して少なくないように思います。
教師の気持ちを一方的に押し付けるのではなく、心の葛藤に寄り添った声掛けをしてほしかったです。
無理やり教室に連行される
中学も高校も、担任の先生やカウンセラーに無理やり教室まで連行されたことが何度かありました。
- 嫌がる私を無視して、教室の前まで引っ張って連行される
- 教室の中に無理やり入れられて「どうですか、今の気持ちは」と聞かれる
こちらの気持ちは一切聞いてくれませんでしたし、気持ちを伝える隙(断る隙)すら与えてくれませんでした。

特に、教室の中に連行された時は本当に苦しかったです。
あまりの強引さにただ涙をこらえることしかできなかったのをよく覚えています。
長い目で見た時、子どもにとって一番良くないのは「教室に入れないこと」ではなく、
- 「自分の感情を抑え込む生き方」が当たり前になってしまうこと
だと思います。
目の前の結果に固執するのではなく、もっと広い視野で子どもと向き合い、子どもの感情を大事にしてほしかったです。
「このまま来ないとどうなるか、わかるよね?」と言われる
再登校を願う先生たちから“強い圧”を感じる言葉をかけられたことも、つらい体験のひとつでした。
- 「せっかく受験して入った学校なんだから、もうちょっと頑張らないと」
- 「このまま教室に来ないと、どうなるかわかるよね?」
- 「どうするのが一番いいか、わかるよね?」
- 「早く教室に行こうよ。〇〇さんとか〇〇さんとか、みんな待ってるよ」
これらは、高校1年の担任や副担任、生徒指導部長、教頭などに言われた言葉です。
月に数回、学校の面談室に呼び出され、上記の言葉をしつこく言われ続けました。

当時の私は虚無の顔で「そうですね……」と言うしかありませんでした。
この言葉が先生方にとっての「子どもに対する思いやり」だったのだとしたら、私は正直、先生たちの人間性を疑います。
別の記事(↓)にも書いたのですが「進路」とは本来、子どもが笑顔で、幸せに過ごせる生き方を選ぶことだと思います。
一方的に正論を押し付けるのではなく、私の性格や特性に合った進路・生き方を一緒に探してほしかったです。


図書館登校や“校門タッチ”を勧められる
高校1年生の秋以降、スクールカウンセラーや補助の先生から、図書館登校や“校門タッチ”を勧められました。
- 学校の門まで登校し、門をタッチできたら「目標達成」とする登校方法です。
- 不登校の子どもの登校方法のひとつで、保護者同伴でおこなうケースもあります。
図書館登校や校門タッチが出席日数としてカウントされる学校もあるようですが、私の場合はどちらも出席扱いにはなりませんでした。
それでも学校側としては「少しでも学校との接点を持っていてほしい」という望みがあったのだと思います。
当時の私は感情がかなり麻痺していたので、物事を冷静に判断できず、先生から提案されたとおりに2つの登校方法を試してみました。

図書館登校と校門タッチを実際にやってみてわかったのは、
- 周りの大人が喜ぶだけで、私にとっては何もプラスになることがない
ということでした。
学校の先生にとっては「一瞬でも子どもが学校に来てくれた」という事実がポジティブに映り、安心感を得られたのかもしれません。
けれど、子どもの不登校と向き合う際に一番尊重しなければいけないのは、
- 心身のコンディションが不安定で「学校に行くのがしんどい」と感じている子どもの気持ち
ではないでしょうか。
大人の「安心」を追求する前に、まずは子どもの「安心」を守ってほしかったです。

「心の内側」をちゃんと見てほしかった

この章では「心の内側を見てもらえなかった」と感じた対応についてまとめました。
思いや考えを蔑ろにされ、大人のことを信じられなくなる出来事がたくさんあり、とても悲しかったです。
私の気持ちを勝手に決めつけられる
中学も高校も、私の気持ちを勝手に決めつけられ、勝手に物事を進められたことが何度もありました。
- こんなに長期間休んだなら、もう教室に戻れるはず
- この前の定期テストは受験できたから、次も受験できるはず
- 授業は無理でも、行事には参加できるはず
- 普通の行事は無理でも、修学旅行は参加できるはず
- 教室には行けなくても、クラスメイトとは会えるはず
- 午前中の登校は無理でも、午後からの登校ならできるはず
このような言葉を多くの先生方から言われ続け、私の気持ちを無視して物事が進められていきました。

両親の不登校対応の記事にも書きましたが、不登校の子どもへの対応は、周囲の大人のサポートが必要不可欠です。
しかし、物事のすべてを大人たちだけで判断し、子どもが意思決定する機会を奪うのはちがうと思います。
子どもの気持ちを勝手に決めつけるのではなく、子どもの思いや考えを大切に、丁寧な対話を心掛けてほしかったです。

「子どもが話をしてくれない」という場合でも、何かを選んだり、決めたりする権利はちゃんと与えるべきだと思います。

望んでない「特別措置」の対応をされる
私が通っていた高校には、以下のような進級の決まりがありました。
- 全出席日数の1/4以上欠席したら、進級ができなくなる(留年もしくは退学になる)
しかし、私は職員会議で「特別措置」が認められたようで、進級に必要な出席日数が1/2に変更になりました。
本来ならば「有難い」と思うべきなのかもしれませんが、当時の私は、

勝手な判断で余計なことしないでほしい……。
と思っていました。なぜなら、
- 「進級に不安があって困っている」
- 「不登校でも問題なく進級できるよう、特別な対応をしてほしい」
というような希望を学校側に伝えたことは一度もなく、むしろ特別措置のような対応は一切求めていなかったからです。

おそらく学校側は、困っている私を助けようとして職員会議をし、特別措置の対応を決めたのだと思います。
しかし、本人の気持ちを聞かないまま勝手に物事を決めたり、進めたりすることは、本当に「子どものための思いやり」なのでしょうか。

それは子どものための思いやりではなく「大人のエゴ」だと思います。
- この子はスムーズな進級や特別措置を望んでいるのか?
- 学校や教室に戻りたい気持ちは、どのくらいあるのか?
そのような「子どもの思いや考え」にしっかりと目を向けた上で、今後の対応を考えてほしかったです。
過呼吸になる私を見て「かわいそうに」と言われる
高校の担任からはしつこく登校催促をされていたので、最初の頃は、週に一度学校に呼び出されていました。しかし、

私の気持ちを理解してくれない先生たちに会って、心をぐちゃぐちゃにされるのが怖い……。
という不安や恐怖から過呼吸になることも多く、家から出られない日も少なくありませんでした。
その時、母が担任に電話で事情を説明すると、担任は毎回、

ああ……かわいそうに
ということを言っていたそうです。
おそらく担任は、本気で私のことを心配し、体調不良に寄り添おうとしていたのだろうと思います。
しかし、私が過呼吸を起こしたのは、担任のしつこい関わりや登校催促がストレスだったからです。
それにもかかわらず、まるで他人事かのように心配の言葉をかけられ、ものすごく腹立たしい気持ちでした。

「いったい誰のせいで過呼吸を起こしたと思ってるねん!」と。
正直に言って、怒りと悲しみが限界突破して発狂しそうでした。
「子どもが過呼吸になるのはかわいそう」という思いが少しでもあるのならば、最初から登校催促なんてしないでほしかったです。

養護教諭に厳しく追い返される
不登校になる前から体調が不安定だった私は、ほぼ毎日のように保健室に駆け込んでいました。
しかし、中学の養護教諭の先生はとても厳しい人で、苦しみに全く寄り添ってくれませんでした。
- 「熱がないなら教室に戻りなさい」と追い返される
- 「胃が痛いならトイレにでも行ったら?」と追い返される
- 胃が痛すぎてトイレの前で倒れ込んでいたら「え?そんなに?(笑)」と冷たく笑われる
私の場合、たとえ養護教諭が優しい人であっても、遅かれ早かれ不登校にはなっていたと思います。
しかし「辛い時に寄り添ってくれるはずの養護教諭が冷たい人だった」という事実は、当時の私にとってすごく重たくてしんどいものでした。

熱がなくても体がしんどくなったり、お腹が痛んだりするは誰にでもあると思います。
「発熱してるかどうか」だけで子どもを判断するのではなく「しんどい」「お腹が痛い」という私の思いにちゃんと耳を傾けてほしかったです。

ちなみに高校の保健室は「ベッドで休めるのは1時間まで」というルールがあり、一度しか行かなかったです。
相手の立場に立って、物事を考えてほしかった

この章では「相手の立場から物事を考えてほしかった」と思った対応をまとめました。
「相手の立場から物事を考える」ことは、対人コミュニケーションの基本だと思います。
教育者でありながらその基本すらできていない教師の方が多く、とても悲しかったです。
「線路のレールから脱線することになる」と言われる
高校のスクールカウンセラーから、このような言葉を言われたことがあります。
- 「このまま教室に戻らないと、あなたは1人だけ線路のレールから脱線することになる」
いくら「学校に戻ってほしい」という気持ちが強かったとしても、不登校の子どもに対する言葉として適切とは思えません。

「教育者」としてというよりも「一人の大人」としての倫理観を疑いたくなる言葉でした。
当たり前のことですが、再登校だけが進路ではありませんし、不登校の子どもにはいろいろな生き方があります。
その進路は、不登校の子ども本人とそのご家族が決めることなので、第三者が勝手に“正解・不正解”をジャッジする権利はないのではないでしょうか。
脅しのような言葉で子どもをコントロールしようとするのではなく、まずは心の痛みに寄り添ってほしかったです。

「そんな怖い顔で睨まないでよ」と言われる
こちらの言葉も、高校のスクールカウンセラーから言われたものです。
- 「そんな怖い顔で睨まないでよ」
実はこの言葉は、当時の副担任からも同じようなタイミングで言われていました。
こんなにもしんどい言葉を同時期に、同じ場所で、複数の先生から言われるとは思っておらず、とても傷つきました。
noteの記事にも書いたのですが、この時の私の顔が険しかったのは事実だと思います。
でもそれは、それだけ私の中で、
- 「学校に行って、私の気持ちをわかってくれない先生たちに会うことがしんどい」
という気持ちが強かったからだと思います。
思ったことをそのまま口に出すのではなく、いったん冷静になって、
- 「なぜこの子はこんなに険しい顔になっているのか?」
- 「この言葉を発したら、この子はどう思うだろうか?」
ということをしっかりと考えて、子どもの心に思いを馳せてほしかったです。

その日は泣きながら帰りましたし、しばらくは毎日のように、鏡の前で笑顔の練習をしていました……。
今後の進路を伝えて怒鳴られる
全日制高校を退学して通信制高校に行く決断をした時、担任からこんなことを言われました。
- 「いつから辞めたいと思ってたの?」
- 「辞めたいと思ってたら、なんでもっと早く言わないの?」
- 「ここまで色々してもらって、ご両親に申し訳ないと思わないの?」
文字にするとすごく淡々と聞こえるのですが、実際は、声を荒げて怒鳴るように言われました。

ここまでの記事に書いてきたとおり、高校の先生たちは、事あるごとに私を学校へ呼び出し、学校へ引き戻そうとしていました。

正直に言うと「退学」という決断を絶対にさせないように、“周りを囲われている”ような感覚もありました。
そんな人たちの前で、
- 「体調的に、もう教室に戻るのは無理だと思います」
- 「学校を辞めて、他の生き方を選びたいです」
みたいな話をすることは、当時の私にとって決して簡単なことではありませんでした。

周囲の期待に沿わない選択をした子どもを怒鳴りつけるなんて、教育者として正しい行為だとは思えません。
高校の担任は「趣味は育児です!」と声高々に話す人でしたが、正直に言って私は、
- 本当に子どもの心を大切にする人ならば、子どもの進路決定に対して個人的な怒りをぶつけることはしない
と思います。
育児自慢をするのなら、まずは目の前の子どもが本音で話せる空気を作り、子どもの意思を尊重するところから始めてほしかったです。
そして、たとえ自分が望んでいた結果じゃなかったとしても、子どもが決めた進路を応援してほしかったです。

まとめ|安心して関われる先生に出会いたかった

本記事では、中学・高校で不登校を経験した私が、学校教師からの対応で「つらかったな」と感じた12の事例について紹介しました。
不登校だった当時、私が一番求めていたのは、
- 「この人にならSOS出せるかも」と思える
- SOSを出した時、ちゃんと気づいてくれる
- 同じ目線で対等に、一緒に今後の進路を考えてくれる
というように、安心して関わることができる大人の存在でした。
いくら大人が「話してほしい」と思っても、望むようなコミュニケーションが取れないこともあると思います。
でもそれは、子どもの心の中に、
- 「この人は本当に信頼できる人なのかな?」
という不安があるからかもしれません。
子どもの心に安心感が芽生えて「この人なら安心して話せるかも」と思えるようになれば、少しずつ本音を伝えてくれると思います。
子どもと同じ目線に立って物事を考え、子どもの「心」を大切にできる教師の方が一人でも多く増えますように……。
一人の不登校経験者として、そう願わずにはいられません。


本記事は、過去の大学講義(令和6年度・7年度)を参考に執筆しました。
学校教師の不登校対応についてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧いただけますと幸いです。



